One Day I'll Fly Away


by ko-kojien
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カテゴリ:Essay( 10 )

過日、奈良に行ってまいりました。

ただ、マラソンを走るためだけに。

そもそもの始まりは春先の親友の一言で、
「遷都1300年祭の奈良で、第1回奈良マラソンがある。
でるべし。」

まぁ面白そうであるよ、と思った。
とても軽い気持ちで、そう思った。

そこから半年強の月日を経て、
いざ走らん、奈良マラソン。



生来長距離を走る(もしくは泳ぐ)行為が、
極めて嫌いでない性格ではあるものの、
さすがに練習はせんといかんなーということで、
できたばかりのNike Harajukuに通うこと10回弱。
基本Nike以外は身に付けんぞと、変に執着。

練習量は週間20kmをコンスタントにこなしたりこなさなかったり。
でも、間違いなくスタミナがついて、余計な肉が落ちた。

10kmなら息も切らさず、15kmなら断続的にこなせるようになった。
しかし20km以上は走らなかった。

これが、後で存分に堪えることに。

そんなこんなで、半年、だらだらと、
走ることになれた身体を、若干作った。

で。

12月4日-奈良へ。

とんかつ弁当を食らいつつ、富士山がとても綺麗である。

京都に着いたら、ノンストップで奈良へ。
マラソンを走りに来たのだ、観光ではない。

奈良につくと、ランナーと思しき人が氾濫しており、
列を成して受付場へ向かっている。

僕たちもその中に合流。

受付を済ませ、ホテルへ。
食事、風呂、寝る。
No 観光でフィニッシュです。

12月5日-当日。

5時30分起床。
風呂、飯、出発。

8時過ぎ、スタート地点、鴻ノ池陸上競技場着。
着替え。

スタート地点へ、8時半-Eブロック。

ここで申し上げておくが、
今回私と一緒に行った高校からの親友。

彼は、実はマラソンを3時間以内で走る。
一般的にサブ3と言われる、市民ランナーピラミッドの、
頭頂ゾーンに位置する人間である。

必然的に、優先ポジションからのスタートが約束されているのだが、
彼も一緒にEブロックからスタート。

今回彼がペースメーカをしてくれることになっていたのだ。

勇気凛々。

9時-号砲。
9時10分頃-スタートライン通過。

見上げれば、高橋尚子。
Qちゃん The Gold Medalistである。

10km通過 1:00:51
20km通過 1:57:19
30km通過 2:58:29
Finish 4:25:46 Net Time 4:20:35

Net Timeがスタートラインからフィニッシュラインの時間であるからして、
初マラソン42.195kmは4:20:35でした。

20kmまでは非常に気持ちよく、
かつ比較的余裕があった。

しんどかったのは20km以降。

親友からはせめて20kmは走っておくようにと、
再三言われていたその20kmを過ぎてから、
体力の落ちること、その凄まじさたるや。

加えて坂。

完全に僕の膝を破壊して余りあるその傾斜たるや。

人がヒーヒー(文字通りヒーヒー言ってた)喘いでいる横を、
軽やかにランニングする親友たるや。

30kmから40kmにかけては、
実際あまり記憶がない。

脚、特に膝・膝下の痛みと軽い脱水で、
全く前に進まない…気がする。

1kmがこんなに長いとは。

やめてしまいたい。
止まりたい。

人間の弱さ・脆さがモロに顔を擡げてくる。
力になるのは、親友の声のみ。

1年間分の頑張れ、気合だ、根性だ、の声を聞いた。

「止まるな、歩いたら完走じゃないぞ。」

正直これが1番効いた。

完走-歩くの文字は入っていない。

この声から記憶が戻ってきた。
残り距離は2km-30kmから40kmの記憶がほぼない。

ゴール地点の競技場前から、
なぜかまた力が出てきた。

上がらなかった脚が上がる。

競技場に入る-2人並んでゴールをした。

近年、こんな達成感を感じたことはなかった。
正直、感動した。


10年以上前高校生の時、現国の時間に、
『マラソンランナーは孤独か』
というタイトルの文章を読んだことがある。

先生から当てられて答えたことを未だに憶えている。
「42.195km先の同じゴールを目指しているので、
マラソンランナーは孤独じゃないと思います。」

確かにそう言った。
この答えが、教科書の模範解答だったと知ったのは、
後になってからだけれど、
今なら確実にこう答える。

「マラソンランナーは孤独じゃないです。
ただ、それを感じるのは走ってからじゃないと分からないと思います。」

僕は多分、またマラソンを走る。
今回一緒に走った親友と走る。

次は4時間を切る-久しぶりに自分で設定した目標だ。

マラソン後、当日を含め3日はナチュラルロボットダンサーになる。
生まれたての小鹿状態が続く。

階段の昇り降りがままならない。
というか降りれない。

膝の定位置が定まらない。

それでも僕はまた走る。


最後に1年分のありがとうを言っても足りないくらいだけれど、
一緒に走った親友にありがとうと言いたい。

また一緒に走ろう。
b0034633_122765.jpgスタート直前。
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by ko-kojien | 2010-12-11 01:04 | Essay

Nobody Nobody but you.

親友が結婚しまして。

2組も。

1組は中学からの付合いにて、
かけがえのない友であります。

もう1組は高校からの付合いで、
3年間席が前後だった男でありますから、
これまたかけがいのない友であります。

どちらもよくもまぁ僕を理解してくれて、
人生を豊かにしてくれ、助けてくれた。

本当にありがとう。

たまには僕も助けになっていたなら嬉しいです。


で。
b0034633_2317222.jpg
シンガポールに行ってきた。

唐突に何かと思われるかもしれないが、
後者の親友は現在シンガポール在住であり、
奥方と知り合ったのもシンガポール。

式もシンガポール。

行くでしょう、それは。

と言うことで、
うちのお嬢さん帯同でシンガポールに行ってきた。

実に5年ぶりの海外である。

小学校の時に1回行ったことあったのだけれど、
プールで泳いだ以外あまり記憶もないことから、
感覚としては初めて行った国感満載でした。
b0034633_22504320.jpg
親友の奥方が超高級ホテルにお勤めということもあり、
手配してもらった部屋の凄いことったらもう。
ホテル滞在があんなに素晴らしいものだとは思わなかった。

そしてルームキーがステキなことに
b0034633_2318422.jpg

えらい差をつけられたものよ。
と思っていたら、だいぶ差が開いたねとうちのお嬢さん。

いいね、以心伝心。


シンガポール滞在中、式を控えて忙しいにも拘らず、
至れり尽くせり手配してくれた新郎新婦には感謝の念に耐えません。

だけど、シンガポールに何のためらいもなく行けたのは、
他でもない君だったからです。

日本に来たら、また築地の寿司か神楽坂でも行こう。
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by ko-kojien | 2010-08-11 23:40 | Essay

職業病

漫画家の先生が腰痛になるように、
料理人が常に爪を短く切るように、
僕の属する業態にも職業病が存在する。

たとえば本屋で雑誌・その他書物をおもむろに手に取る。

するとどうだろう。

十中八九、これどこのですかい、と確認してしまう。

あぁ、これうちですか、OK、ナイス。
んだよー、×××かよー。

と、別に買う買わないは別としてやってしまうのだよなぁ。

もしくは、雑誌もしくはポスターを見て、
あぁこれ金かかってんなーと算段してしまう。

現場嫌がるだろう、これは。

とかね。

まったく浅ましきことこの上ない。
まったく嫌になってしまう、あぁ、嫌だ。

早くこんなことを気にせず、
楽しく生きていきたい。

と悲観してばかりいられない。

よし、明日からはこんな世の中のあら探しはやめるぞ!
僕の人生はもう輝く光に満ちあふれている!

と思った矢先、コレ。

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あったか~い朝のオレ

凄い違和感なのである。

あったか~い朝のオレ

だけど夜になったら、ちょっと違うぜ…。
男はオオカミだぜ、なんせオレはBOSSだぜ。
ってそういうこと?

頭では分かってはいるのだ。
つっこむ必要がないところだと言うことは。

オレ=au lait 【フランス語】
英語で言うところのwith milkといったとこだろうか。

だったらせめて!
【・】を『オ』と『レ』の間に入れてやってくんさい。

あったか~い朝のオ・レ

これだったらもうばっちり。

げんき~な朝のオレ
いつもとちが~う朝のオレ

どんなオレがお好み?

今年もよろしくお願いします、こんなオレ
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by ko-kojien | 2009-01-01 22:27 | Essay

耳に残るのは君の…

僕には意外と人と容易く仲良くなる能力があるが、
それは何故かというと土地に詳しいからである。

と勝手に思っている。

では何故そんなにも土地に詳しいかというと、
地図もしくは電車の類のものが非常に好きだからで、
幼少の頃から地図ならびに路線図を見ては、
興奮およびにエクスタシーを感じており、
この趣味嗜好を、うわぁ寂しいととるのは、
僕の幼少期かつ現在を全否定することになるのでやめていただきたい。

特にこと電車に限っては、
誰の薫陶を受けた訳でもないが非常な知識を持っている自負がある。

何の線がどこをどう通っているかなどは言うに及ばず、
それに付随して土地などを極めて順調に会得出来ました。

それが今になって役立つとはね。

初対面の人に出身地ならびに居住地を聞けば、
地元民レベルの会話が可能です。

たまにきもち悪がられます。

で電車なのですが、例えば車内アナウンス。

これはとてもとても重要。
何がというと、声の主が分からない所に妄想をかきたてられる点においてである。

そして東京メトロである。
この車内アナウンスの声は何とも言えない。

例えば
『東京メトロをご利用いただきまして、ありがとうございます』

この文言。
素晴らしい。

ホントにありがとうございます。感が実に出ている。

ポイントは“いただきまして”と
“ありがとうございます”の間に読点を入れているところにある。

諸兄も注意して聞いていただきたい。

絶対読点入れてるから。
あ、ちょっと興奮してしまいました、ごめんなさい。

とりあえず、他の路線に比べて雲泥の差がそこにはある。
個人的には南北線が音質も良くておすすめです。

多分僕レベルでないと分からないのだろうけれど。

逆に最も劣ると思われるのが都営である。
しかも大江戸線です。

あれはまぁ酷い。

あの線は車内も狭いためかアナウンスがこもる上に、
走行中の振動ならびに騒音も著しい。

それに輪をかけて、声の質が良くないのでだめだめだめ子さん。

特にとある駅のアナウンスは、もはや確信犯でしょうよ。
と言いたくなる程のものです。

皆さんもぜひ一度、大江戸線に乗って両国へ行って欲しい。

相撲でもちゃんこでも墨田川散歩でもいい。
その時あなたは耳にするだろう。

大江戸博物館が大エロ博物館と言うアナウンスを。

あれは、絶対わざと。

あはは、まぁくだらない。
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by ko-kojien | 2008-09-27 23:45 | Essay

絶望のセバスチャン

心のふるさと松本から戻ってきて1ヶ月が経つけれど、
この都市の満員電車というシステムには辟易してしまう。

そもそも、あの密閉された空間でなぜ新聞を読もうとするのか。

「そんな大事な情報が載ってるならもっと早く起きて読め。」
と新聞を取り上げて説教してやりたい気持ちになるが、
「それが嫌ならもっと早い電車で行け。」
と言われたらやだなーと思うので何もないまま過ぎている。

先日などはあまりの人の多さに気分が悪くなり、
視界はぼやけるわ足元覚束無いわで思わず途中下車してしまった。

あら、これは貧血かしらん、意外とナイーブ。

ふらふらベンチに座って2~3本の電車をやり過ごしたけれど、
どうにもこうにも気分はよくならない。

そうこうしてると腹も頭も痛いし、てか熱あるし。
やっとのことで辿り着いた会社の診療所で診てもらったら、
「あぁ、腸炎ですね。帰って寝ないとダメ。」
と姉御肌の先生に一蹴され先日までウンウンうなっていた。

環境変わって飲み会も続いたから身体に堪えたのかもね。
と先輩は労わってくれたのだが、
前の日に食べたインドカレーに当たったかも知れません。
と率直に自分の意見を述べたところ、
「んな訳ねーだろ」とこれまた一蹴されてしまった。

僕とインドカレーの過去の歴史を知らないから仕方ない。

そういえば長野にいた時に比べて、
仕事終わりに酒を飲む機会が確実に増えた。

これは酒をほとんど必要としない僕には辛い。
かと言って思い切り無碍に断るのも辛い。

涙と睡眠不足の社内営業である。

そんな折居酒屋の割り箸袋に奇異なものをみた。
みれば「親父の小言」と印字してある。

"金は借りるな"とか
"朝は機嫌よくしろ"とかなんか偉そうなことが書いてある。

作者自身が果たせなかったことを思い出し、
涙と懺悔と酒にまみれながら作った代物だろう。

親父の小言かー、と思った。

「雪山には登るな。」
「ダブルのスーツは買うな。」

親父に言われたことは多々あれど、
個人的にはこの2つがとても心に残っている。

断っておくが、別に親父がこれ以外にナイスなコトを言わなかったのではない。
僕の感性が選んだ珠玉の2点なのだからしょうがない、許して欲しい。

1つ目はなんと言っても危ないからである。
転じて色んな人に迷惑をかけるなということである。

であると断定できるほどの理由を聞いた覚えはないが、
多分、そう言うことだ。

この間、氷結した滝を観に行こうと密かに目論んだ時以外、
雪山に登ろうと考えたことはない。

2つ目がよく分からない抽象的極まりない格言なのだが、
僕にとってこれはかなりの影響力を持っている。
理由は簡単で、「やらしい」からである。

だから今でもダブルのスーツを着ている人を見ると、
「あぁ、この人は悪い人なんだなぁ」と思ってしまう。

凄い先入観だがもう仕方ない。

ブッシュとかプーチンがダブルのスーツを着てると、
「やっぱり親父の言うことは正しいんだ。」と今でも思う。

そんなこんなで僕にももし小言を許されるならば、
このことだけは伝えておきたい。

「そばとうどんを一緒に商売している店には入ってはいけない。」
「水車が店の前に回っているそば屋には入ってはいけない。」

理由は至極明快。
これらの店のそばは不味い、絶対不味い。
商売の姿勢も不純である、実に不純である。
そばへの敬意の欠片も感じない、あたし許せない。

1年間そばの聖地に暮らした経験談だからまず間違いない。
できれば割り箸の袋にでも書いておきたいくらいだ。

超個人的意見だけど、
ほぼ事実として受け取っていただけると幸いです。
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by ko-kojien | 2008-05-03 18:20 | Essay

いつか帰る日

気がつけば2008年も2ヶ月が過ぎました。
松本にもようやく春の気配が‥あまりしませんが、
峠は越したらしいことを生粋の松本市民から聞きました。

でもやはり寒い。

自転車で朝晩走っていると、
外気に触れる組織がやんわりと凍ります。
鼻の中も凍るし、額などもまた、凍ります。

鼻は呼吸する際、水蒸気がもれなく凍ります。
では、額が凍るとはどういう現象なのか。

解説するほどのことでもないのですが、
それでも確かに額は凍るのです。

額にしわを寄せようとすると、
皮下組織が明らかに動かなくなる。
それをもって僕は額が凍るというのです。
当然ながら感覚も、ほぼ、なくなります。

信州には諏訪湖というそれなりに有名な湖がありますが、
そこも今年は全面凍結いたしました。
"信州一の寒さ"とはそういうものです。

その信州松本生活も残り1ヵ月。
人事の異動もちらほら聞こえるこの季節。

2年間地方ね、といわれるがまま今に至るけど、
僕はいったいどこへ行くのだろうか。

先日上司から出し抜けに聞かれた。
"東南アジアは好きか?"と。

"タイとか好きです、トムヤンクン"と、
何も考えずに下の句を返してしまったけれど、
ふと考えてみたらタイにも拠点があったんだなと思い、
今、それが喉に引っかかった小骨のように気になって仕方がない。

あれはいったいなんだったんだろう。

前後の会話の流れからしても、
少なくとも東南アジアの話はしてなかった。

いや、待てよ。

以前ノリで"海外勤務希望"としたことがある。

それか?それなのか?

実際行ってみたい気持ちはあるが‥
正直ヨーロッパの方がいいんですけど。

まぁ、どちらにしても杞憂で終わるのだろう。

東南アジア=タイ
かどうかさえも分からないが、
そもそもタイ語しゃべれません。

知っているとしても"コップンカー"とかの簡単な挨拶と、
"マイサイパクチー"-パクチーいりません。

今となってはパクチー結構好きなので、
これは意味を成さないんだよなー。

‥て、そういう問題でもないか。

戻るのであればやはりとりあえずは東京に戻りたいかな。
何があるわけでもないけど、どこに住もうか考えるだけでも楽しい。

ただ、1ヶ月をきって松本を去るのもさびしいもの。

ここはとても素敵な街だ。

もし万が一僕に老後の生活があるのなら、
松本で静かに暮らすのもいいかなと思う。

そうでなくても、この街での生活は忘れないと思うのです。
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by ko-kojien | 2008-03-01 19:01 | Essay

All Falls Down

今、巷では電車好きな人が見直されているようで‥
愛と親しみを込めてこう呼ばれているそうな。

"てっちゃん"‥と。

勿論これは鉄道の"鉄"であるからして、
文字に表すとすると"鉄ちゃん"となります。

私はこの呼称を耳にする度思うのだ。

"略すんじゃねー"と。

電車好きに失礼だろうが。
呼ぶならちゃんと"鉄道(もしくは電車)マニア"
って言え。

キムタクはキムタクでも構わないが、
"てっちゃん"はいかん。

そんなヤツとの結婚は断じて認めんぞ。

しかも、もっと言わせてもらえば(だんだんのってきた)、
時流に乗って電車好きをカミングアウトした輩、
君たちも公認鑑定士の名において、認めません。

まぁ、いいや。
僕の力なんぞ無力なものです。

そもそも公認鑑定士じゃないし。
そもそもそんな資格ないし。

最近あまり電車にも乗れていない私。
2007年新しく開拓したのなんて大糸線くらいなもんです。
(松本から糸魚川に抜けるレトロな単線。これがまた良いんだ。)

その代わりと言っちゃあ何ですが、
実はここ最近新しく目覚めたものがございます。

それが-滝
水と重力が作り出す芸術

そういえば小学校の時好きだった女の子にも、
"滝"って文字が入っていたっけな。

ふふふ、全く関係なし。

んで。

私の数少ない友人が無類の滝好きでして、
そいつと始めた非営利団体、その名も"TDL"
千葉県舞浜にある某モンスターアミューズメントパークと似ているが違う。

"滝、だいぶ、LOVE"-略して"TDL"
どーですか、超完全オリジナル。
つーか、今考えたんだけど。

最高にして最終の目的は、
日本の滝100選を全て制覇すること。

2人で一緒に、ってのが大前提なのですが、
既に私が意外と裏切っている状態。

その内、2人合わせてとか、
妥協していく気配がムンムンしているけれど。

取り敢えず長野県にいるうちには、
長野県内の100選は全部いっとかないと。

残るは1つだし。

なかなかマニアな境地に辿りついたなーと今誇らしく思うとともに、
この心に鬱屈した何かの存在に若干怖さも感じておるところです。
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by ko-kojien | 2007-12-16 00:39 | Essay

僕を悩ませる夜風

その日…僕は疲れていたのです。

いつもと同じように仕事は夜遅くまで、
まるで農耕馬のように働く毎日。

失われた自由を返してくれよ…。

そう叫ぶものの、所詮は農耕馬。
声は決して届かない。

ひひ~ん!もしくはぶひひ~ん!としか聞こえない。
むしろ、「おぉ、そうかそうか。楽しいのかお前。」
とさえ聞こえているかもしれない。

もはや不毛な大地を耕すしかないこの人生さ。

そう…僕は疲れていたのです。

その日はちょうど金曜日でした。
街は1杯引っ掛けたおっさんたちで溢れかえっていました。

溢れかえっていたというのは言い過ぎました。
雄大な山々に囲まれたここは松本。
飲み屋、そんなにありません。

だから余計酔っ払いが目に付く。
やっと仕事が終わって帰路につく途中、
なぜか万歳をしている集団にかちあいとても暗くなりました。

やっぱり…僕は疲れていたのです。

僕は毎朝自転車(超かっこいい)で通勤していて、
これが1日の楽しみの1つでもある。

朝、信州の清々しい空気の中、
颯爽と自転車(超かっこいい)で走り抜ける。
都会ではまず無理な、極めて贅沢な出勤なのです。

そして、夜。
ほとんど街灯も人通りも絶え、もうすでに冷気を帯びた空気の中、
寒々とした気持ちで自転車(超かっこいい)で帰るのです。

かなり終末を感じさせる帰宅の風景なわけですが。
通勤時間はだいたい15分-3曲から4曲聞く間のドラマ。

街中を過ぎ、「白線流し」で有名な川を越え、
家に通じる最後の直線、その名も「やまびこロード」-およそ1km。

その終盤に僕は…奇跡を見たのです。

いつも何気なく通り過ぎていくのですが、
その幹線度道路沿いにはポツポツと飲食店が軒を連ねている。

どれも家族向けのレストランがほとんどで、
生き残りをかけて必死に幟を立ててアピールをしている。

その中に、妙に風をはらませて、
僕に訴えてくるヤツがいたのです。

"やわらかいなり"

………
なにがやわらかいなりか?

数秒の絶句の後、
僕は思わずコロ助の口調で聞き返した。

何が…何がやわらかいのだろう。

頭がはちきれんばかりの僕をよそに、
その幟は夜風に悠然と靡いている。

家まではあと、100m。

交差点の段差を軽くいなしたその瞬間。
判明しました。

"やわらか いなり"

であることに…。

そーいえばすし屋だったーーーーーー!

かなりのしてやられた感を味わい、
その夜僕は泥のように眠りました。

なぜかって?

だって…僕は疲れていたのです。
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by ko-kojien | 2007-10-06 00:44 | Essay

好きな人ができました

今日は一般ピーポーなら誰もが経験のある話の話。
"芸能人なら誰が好き?〟

永遠のテーマである。

こっちが如何に好きだろうが気に入らなかろうが、
全く相手に伝わらない不毛な会話№1。

男が3人も揃うと大抵1日1回はこの話になる。
嗜好の内訳は大体以下のとおり。

H先生:GAL→えびちゃん、若槻千夏系
K先生:ナチュラル系
僕:細い系

僕とK先生の嗜好は大体似ている。
H先生はGAL系が好きだといって憚らないニクイやろうだ。

その中で今、僕とK先生が熱中している人がいる。
そう、わたし、好きな人ができました。

誰かって?

金麦の人です。
「金麦と待ってるからぁ~!」の人。

やべぇ‥。

僕は平素、家でビールなんぞ飲まないのですが、
金麦と待たれていたらいくらでも飲む。

毎日2缶ずつ飲んで、数年かけてビール腹になり、
〝それでも君が待っているから僕は飲むよ〟状態になり、
痛風で歩くたび指が痛く、それでも飲んでる、そんな男に僕は‥

なりたくない。

コレはCMに限っての話だ。
むしろあの麗しい彼女のみ。
そーいえば名前まだ知らないや。

んで、我が家のTVは今、
彼女の姿を観るためだけにあるようなもの。

いいですか、想像してみてください。

あのCMの音楽が流れた瞬間、
パブロフの犬のごとき反射でもってTVに反応。

そのCMが流れている正味15秒間、
仕事でも見せないような並々ならぬ集中力を発揮し、
作品上映終了後には微笑みを湛えた顔でこう言うのです。

「やべぇ‥。」

あぁ‥この世の終わりの風景です。
多分精神世界は神の領域に達しているでしょう。

客観的にみたらそれこそかなりやべぇ状態だな。

あれが癒しってヤツですか。

もしそうだとするならば、
僕の癒しの空間はかなり捻じ曲がったものなのですね‥。
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by ko-kojien | 2007-08-31 23:53 | Essay

5年目の別れ

その娘と付き合い始めたのは、
僕が大学の2年の時でした。

最初は何の気なしに漫然と付き合っていたけれど、
いつの間にかなくてはならない存在になっていました。

どこに行くにも一緒でした。
雨の日も風の日も雪の日も。
朝も昼も夜もいつも一緒でした。

肌を合わせない日などないくらいに、
僕たちはいつも一緒にいたのです。

彼女のことはそれこそ手取り足取り、
何でも分かっていたつもりでした。

感触で分かるのです、そう感触で。

ずっと一緒にいたのですから、
機嫌や体調の変化に気づかないわけがないのです。
そんな時はいつも僕が病院やらエステやらに連れて行きました。

彼女がいないとホントに困るのです。
その位の投資はへのへのかっぱでした。

たまにケンカをして辛く当たったこともあります。
その都度、僕の心は痛みます。

もっと優しくしてあげれば良かったと、
今になって思います。

5年も付き合えばお互い年もとります。
成長といえば聞こえがいいけれど、
老いというものは避けられません。

一抹の不安は水に広がる波紋のように、
静かに、そして確実に広がっていました。

そんな時に今回の事件が。
いつもなら乗り越えられたのに。

僕の中の何かが崩れたのを感じました。

-----------------------

僕は彼女のことをとても大切にしていたけれど、
反面いつまでも一緒にいられるとは思っていなかった。

事実、何回か心変わりを覚えたけれど、
その都度思うところあって踏みとどまっていた。
安定した静かでゆるい時間が、僕たちの間にはあった。

その時間が脆くも崩れた―
5月も終わり間際の良く晴れた朝だった。
あの日あの時あの場所に一緒にいなかったら、
もう少し僕たちの時間は長いものになっていたと思う。


では一体何があったのか、
話さなければならない時間になりました。
そろそろ自分でもキツクなってきたところです。

今までの話、実は自転車の話でした。
5年にわたって愛用してきた自転車。
先日ド派手にパンクしてしまい、
遂に別れを決意したのです。

何しろ移動は徒歩か自転車かというくらい、
自転車愛好家で知られるところの私。

どうせなら高いの買ってやろうと思い奮発。
今度の彼女はなんと遠くイタリアの地からやって来ました。

目下新しい彼女の名前、募集中です。
髪はこげ茶色で、なかなかスマートな娘です。
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by ko-kojien | 2007-06-09 15:11 | Essay